A Critical Thinking Reed

学んだことのメモ。考えたことの記録。主に心理学。

認知バイアス(Cognitive Bias)を実例からみる

非常におもしろい記事だったので紹介させて頂きたい。

bunshun.jp

本稿では、ここで紹介されている認知バイアスについて書いてみたい。

目次

 

1.「認知バイアス」とは

フリー百科事典のWikipediaでは、次のように述べられている。

認知バイアス(にんちバイアス、英: cognitive bias)とは、認知心理学社会心理学での様々な観察者効果の一種であり、非常に基本的な統計学的な誤り、社会的帰属の誤り、記憶の誤り(虚偽記憶)など人間が犯しやすい問題である。また、これが動因となって虚偽に係る様々なパーソナリティ障害に付随するため、謬想ないし妄想などを内包する外延的概念に該当する。転じて認知バイアスは、事例証拠や法的証拠の信頼性を大きく歪める。

認知バイアス - Wikipedia (2018/12/30)

 

2.セルフ・ハンディキャッピング

 11月5日の参議院予算委員会蓮舫議員から「大臣自身、オリパラ担当相にふさわしいと考えるのか」と問われた時の答えはこうだ。

「なぜ選ばれたか私にはわからないが、総理が適材適所と思って選んで頂けた」

 これは、桜田氏の中で「セルフ・ハンディキャッピング」という自我の防衛機制が働いたことによる発言と考えられる。セルフ・ハンディキャッピングとは、桜田氏の答弁のあちこちに見られる「私にはわからない」「詳しくない」「時間がない」「忙しくて」など、あらかじめ何かしらの言い訳や行動で予防線を張り、たとえ失敗しても自尊心を保てるようにする言動だ。自信がない時や、物事を達成できそうもないと思う時に出やすい現象である。

より身近な例に置き換えれば、実際にはそこそこ勉強したのに「テスト勉強全然やってない~」と言う。これが「セルフ・ハンディキャッピング」である。

手元にあった心理学の専門書には次のように書かれている。

自己を守るために否定的な評価が下ることを回避しようとして、自分自身で不利な条件を作り出すことがある。失敗が予想される脅威的な状況で、説得力のある因果的な説明を創作し、脅威を低減しようとすることをセルフ・ハンディキャッピング(self-handicapping)という。

出典:無藤隆, 森敏昭, 遠藤由美, & 玉瀬耕治. (2004). 心理学 Psychology: Science of Heart and Mind 有斐閣. pp.336

 

3.自己奉仕バイアス

 同時にこの発言には、自己奉仕バイアスが見え隠れする。これは望ましい結果や成功した時は自分の手柄だと主張し、望ましくない結果や失敗した時は自分には責任がないとして、外部に責任を転嫁する傾向だ。桜田氏の無意識は、大臣として失敗しても、それは適材適所に選んだ総理の責任だと言いたいのだろう。

自己奉仕バイアスとは、Wikipediaによると以下のように定義される。

自己奉仕バイアス(じこほうしバイアス、英: Self-serving bias)は、成功を当人の内面的または個人的要因に帰属させ、失敗を制御不能な状況的要因に帰属させること。自己奉仕バイアスは、成功は自分の手柄とするのに失敗の責任を取らない人間の一般的傾向を表している。それはまた、曖昧な情報を都合の良いように解釈しようとする傾向として現れるとも言える。

出典:自己奉仕バイアス - Wikipedia

こういったバイアスが起こる理由として、2つの方向から理由が説明されている。

第1は、成功を自分に引き寄せることによって自尊感情の維持・向上に寄与するという動機づけからの説明。
第2は成績がしだいに向上する場合、自分の努力と成功との共変関係を知覚しやすいという認知的な説明である。

出典:無藤隆, 森敏昭, 遠藤由美, & 玉瀬耕治. (2004). 心理学 Psychology: Science of Heart and Mind 有斐閣. pp.311

 

4.非合理的(理性的)エスカレーション

 大臣にはなりたかったが、よもや五輪とサイバーセキュリティー担当とは思っていなかった。その分野の専門知識がないのは、自分が一番よくわかっているはずだ。それでも大臣を受けたからには、決定を正当化、合理化させるため、コミットメントをエスカレートさせるしかなくなる。もう後には引けないのだ。この傾向を非合理的(非理性的)エスカレーションという。

こういった内容については、どちらかといえばコミットメントのエスカレーション研究で指摘されてきた。これらについては、渡辺(2017)などがまとまっていてわかりやすいので一部引用する。

コミットメント・エスカレーションとは、Staw(1976)によると

期待通りの結果を生み出していないか損失の生じている案件について、それからの撤退ではなく固執を選択すること

と定義されている。こういったエスカレーションを引き起こす要因は、①個人の心理的要因、②社会・対人的要因、③投資案件に分ける、といった3つに分類することができる(Sleesman, Conlon, McNamara, & Miles, 2012)。

尚、渡辺(2017)は、エスカレーションについて個人的な要因にとどまらず、組織の構造的な要因にも同時に着目して研究をしており、上記の3分類だけでは(特に①だけでは)説明しきれないことが強く示唆されている。

出典:渡辺周. (2017). 強い監視による看過の増幅: コミットメント・エスカレーションに役員が与える影響. 組織科学, 50(4), 54-65.

 

5.肯定的幻想

 ところが、人間には肯定的幻想というバイアスもある。自分自身を肯定的に見ることで、自尊感情が高まり、満足感が増す傾向である。世界の注目を集めることになった桜田大臣はこう発言した。

「世界に私の名前が知られたかなと思って。いいか悪いかは別として有名になったのではないか」

 名前や存在を知られなければ議員にすらなれない政治の世界。失笑なんてなんのその、世界的に有名になったことが重要だ。こうなると桜田氏の肯定的幻想はさらに大きく膨らんでいく。自分の能力や成功の可能性、状況把握度を過大に評価したり、自分は他人よりもよくできる、うまくやれると思い込んだりする傾向を増大させる。

「判断力は抜群だと思っております。能力に疑いは持っておりません」

 11月21日の衆議院内閣委員会で、桜田大臣は語気を強めてこう言い切った。

肯定的幻想(ポジティブ幻想)については以下のように説明されている。

人は自分自身を肯定的方向から把握し、自分の統制力を実際以上に大きいと感じ、そして自分の将来に対して楽観的に考える。このような傾向は、ポジティブ幻想(positive illusion)と名づけられている。

出典:無藤隆, 森敏昭, 遠藤由美, & 玉瀬耕治. (2004). 心理学 Psychology: Science of Heart and Mind 有斐閣. pp.334

こういったポジティブ幻想は、まさに自己高揚動機*1を満たすために使われることが多い。

日本におけるポジティブ幻想の研究については、藪垣(2012)などを参照。
YABUGAKI, S. (2012). ポジティブ・イリュージョン研究の展望. 東京大学大学院教育学研究科紀要, 52.


6.確証バイアス

自分の信念や考えに都合のよい情報を重要視しやすい確証バイアスも働いたことで、肯定的幻想を強めた桜田氏は、肯定的な野次に俄然、語気を強め、発言が強気に転じたのではないだろうか。 

確証バイアスは、認知バイアスの中でも特に取り上げられることの多い、かなり強固な心理傾向である。

確証バイアスとは、自分の立てた仮説を「反証する」ことよりも「確証する」ことの方を好む傾向を指しており、さまざまな仮説検証の場面で生起する。

出典:無藤隆, 森敏昭, 遠藤由美, & 玉瀬耕治. (2004). 心理学 Psychology: Science of Heart and Mind 有斐閣. pp.156

自己の信念を確証するために、様々な形で認知をゆがませるのが「確証バイアス」といえる。人は「見たいように見る」のだということを実感させられる。

 

7.ダニング・クルーガー効果

人は自分の能力が不足していたり、自分がそれに適していないということを認識することが難しい。そのため能力が低い人ほど、自分を高く評価してしまうというダニング・クルーガー効果がおきやすい。

Dunning & Kruger(1999)は、この効果(優越の錯覚)に関する研究で、2000年にイグノーベル賞の心理学賞を受賞した。Wikipediaには、能力の低い人間の特徴として以下の4点があげられている。

  • 自身の能力が不足していることを認識できない
  • 自身の能力の不十分さの程度を認識できない
  • 他者の能力を正確に推定できない
  • その能力について実際に訓練を積んだ後であれば、自身の能力の欠如を認識できる。

出典:ダニング=クルーガー効果 - Wikipedia

 

主要参考文献

・無藤隆, 森敏昭, 遠藤由美, & 玉瀬耕治. (2004). 心理学 Psychology: Science of Heart and Mind 有斐閣.

桜田義孝大臣は「認知バイアス」の教科書のような存在だ | 文春オンライン

認知バイアス一覧で社会心理学入門〜社会科学の知の蓄積を活用した社会教育の実現に向けて〜効果、錯誤、誤り、仮説一覧〜

*1:自尊感情を守り、維持し高めようとすること