A Critical Thinking Reed

学んだことのメモ。考えたことの記録。主に心理学。

潜在ランク理論について #2

Google scholarで「潜在ランク理論」と検索すると、62件。「Latent rank theory」と検索しても、71件。まだまだ使用の多い統計手法とは言えないが、この統計モデルは、清水裕士氏の言葉を借りれば「現場で使いやすい段階評価を可能にする,実践的統計モデル」となることが期待されている。

潜在ランク理論は,個人差を正確に推定するための統計モデルというよりは,現場で使いやすい段階評価を可能にする,実践的統計モデルといえます。

少ない段階で評価することで,症状や成績などを段階ごとに質的に記述することができるようになります。たとえば,ランク1の人は健康な人,ランク2の人は社会的な活動に障害がある,ランク3の人は不安状態が高い,といったようにです。

また,マーケティング分野において,ロイヤリティのランク分けを行うことで,それぞれのランクごとに異なる戦略を用いると効果があるといったように,実用的な知見が得られ[る]可能性があります(相馬・清水など)。

まだ心理学ではほぼ用いられていない方法論ですが,臨床心理学やマーケティング分野などで活躍するであろう手法であるといえます。

出典:潜在ランク理論について | Sunny side up! (2019年1月2日)

心理尺度への応用研究

現在、最も代表的なものは(繰り返しサイトを引用させて頂いている)清水・大坊(2014)の、精神的健康調査票(GHQ)に対する適用研究ではないだろうか。

清水裕士, & 大坊郁夫. (2014). 潜在ランク理論による精神的健康調査票 (GHQ) の順序的評価. 心理学研究, 85(5), 464-473.

清水・大坊(2014)は、従来型のスクリーニングの欠点と、潜在ランク理論を用いる利点について以下のように3点指摘している。

心理臨床場面における質問紙を用いたスクリーニングは,事前に定められたカットオフポイントに基づいて,臨床群と非臨床群に分類するものがほとんどである。しかし,多くの臨床家が自覚的であるように,カットオフポイントによってクライアントを二分化する手法だけでは柔軟な臨床介入は困難といえるだろう。その理由は大きく分けて二つあると考えられる。一つは,カットオフポイントによる分類では,誤分類(misclassification)の可能性が大きいことが挙げられる。例えば日本語版 GHQ のカットオフポイントの誤分類率は 12.9%(中川・大坊,1985)と推定されており,
決して小さい値ではない。二つめは,適用場面における柔軟性のなさが挙げられる。例えば東日本大震災における被災地のような深刻な環境でのスクリーニングでは,通常時のカットオフポイントではほとんどの人が臨床群に振り分けられてしまう可能性がある。このように,二分法によるスクリーニングは目安程度の利用に限られてしまう。

もし,クライアントをただ単に二群に分けるのではなく,症状の程度に合わせて順序性を持ったいくつかのグループに分けることができれば,症状の程度を知るだけではなく,その後の介入方法を質的に変えることができるといった応用的な面でも有用であろう。

出典:清水・大坊(2014)

清水・大坊(2014)の言葉を使って以下にまとめ直す。

・心理尺度の回答者を2値による分類から多値の順序尺度水準に引き上げるメリット
①スクリーニングにおける柔軟さ

・連続変量を順序尺度水準に下げることのメリット
①臨床尺度の非連続的な性質の記述,各ランクの症状の質的な記述
②得点の”意味のある違い”を判断しやすくなる,解釈の容易さ→特に短縮版尺度を使う時に顕著なメリット

こうした理由から潜在ランク理論が用いられた。結果としては、清水氏のWebサイトが簡潔なのでご参照頂きたい(→潜在ランク理論について | Sunny side up!

論文中の記述も引用させて頂く。

ランクによる評価は得点の違いの分かりやすさに加え,それぞれのランクに解釈可能な記述を行うことができるため,ランクが異なることによる実質科学的な差を理解することができる。また,今回の例でいえば,ランクごとのGHQ 得点の差は,効果量 g において 1.00 以上の差があることから,推測統計学的な観点においても大きな意味のある差があるといえる。

尺度得点を順序尺度にすることは,尺度水準を落とすことによる情報量の低下が懸念されうる。しかし,本研究では人生満足感や疾患の有無に対する予測力にはほとんど違いがみられなかった。これらの結果から,尺度得点を順序尺度にすることによる情報量の低下は小さいといえるだろう。

さらに言えば,短縮版尺度においても同様に解釈が可能である点についても,連続得点による利用に比べ便利である。元の尺度の項目特性パラメータ(IRP)を用いることで,短縮版であってもランクの解釈を同じに固定することができるため,研究者は項目数を任意に変えても,妥当な推定が可能となるのである。

出典:清水・大坊(2014)

かなり長文での引用となってしまったが、潜在ランク理論を用いることのメリットが簡潔にまとめられていたので、全般的に引用させて頂くことにした。

赤字でも示したが、この研究の大きな成果としては、①61段階尺度であるGHQ得点を4段階に落としても情報量低下は少なかった、②そうして得られた4段階のランク間にはっきりとした差がみられる、③こうした解釈は短縮版でも可能である、といった3点に整理できる。特にスクリーニングなどにおいてこうした段階的な解釈がこれから更に研究されていくことが期待されるだろう。

その他の研究

白神・川野(2018)は、HRQOL(健康関連QOL)尺度であるSF-36の臨床的・実践的使用を目的とし、潜在ランク理論を適用した解釈について検討し、HRQOLの情報を適切に縮約し、5つのランクがあることを示している。
白神敬介, & 川野健治. (2018). 潜在ランク理論による HRQOL (健康関連 QOL) の解釈可能性の検討. 心理学研究, 89-16212.

村上・中村・谷口(2018)は、社会的スキルの自己認知に関する尺度であるKiSS-18に対して潜在ランク理論を適用し、5つのランクを提案し、更にグループ活動前後における自己認知の変化をランクごとに分析している。こうした社会的スキルにも潜在ランク理論が適用できるということが示唆された研究である。
村上太郎, 中村紗和子, & 谷口幹也. (2018). 潜在ランク理論を用いた大学生の社会的スキルについての自己認知の段階的評価と変化についての検討-保育士・教員養成課程におけるグループワークの取り組みを通して. 九州女子大学紀要, 54(2), 75-89.

高田(2017)は、大学生のサークル集団を組織特性と組織属性により類型化するために潜在ランク理論を適用し、入団理由との関連を分析している。
高田治樹. (2017). 大学生サークル集団への入団理由と組織構造との関連. 立教大学心理学研究, 59, 25-40.

小嶋・北折(2015)は、空間意識(私的ー公的)傾向に対して潜在ランク理論を適用し、迷惑行為との関連を分析している。
小嶋理江, & 北折充隆. (2015). 電車内の迷惑行為に関する研究: 私的-公的空間意識と迷惑行為との関連. 金城学院大学論集. 人文科学編, 12(1), 136-148.

潜在ランク理論は臨床的な尺度にとどまらず、様々な尺度に対して適用されてきている。ここで紹介した他にも教育分野や体育学の分野でいくつかの研究があったが今回は割愛させて頂いた。

本稿は、潜在ランク理論を適用するメリットや適用可能性について論じたかったため、内容までは触れなかった。次回があれば、潜在ランク理論を適用した研究の内容にもフォーカスしてみたいと思う。