A Critical Thinking Reed

学んだことのメモ。考えたことの記録。主に心理学。

恋愛・性経験に関する社会的規範

Introduction

若尾(2010)は,現代青年が恋愛・性経験に関して2つの「幻想」を抱いていることを指摘している。
第1が,同年代の恋愛・性経験の実態に関する誤った認識である。同書によると,現代青年は,同年代の若者の平均的な恋愛・性経験を過大評価している傾向があるという。
第2が,恋人の有無や性交経験の有無によるステレオタイプ的な見方があることである。すなわち,恋愛・性経験のない者へのネガティブ視の問題である。こうした「幻想」は,恋人がいない悩みや性交経験がない悩みにつながる可能性があることを指摘している。

恋愛・性経験に関する悩みは,むしろ「マジョリティ」であるはずなのに,多くの青年にとっての悩みとなっている背景には,こうした経験に関する社会的な年齢規範があることを若尾(2017)は指摘している。

若尾(2017)の考察

大学生は,異性交際を開始すべき年齢や経験しておくべき年齢について,自らの規範として承認している割合は低いが,規範が存在しているという認識率は高かった。現代の若者においては,異性交際を経験する期間は長くなっているが,その年齢的なタイミングに関して,規範的な意識が存在していることが明らかになった。

異性交際開始の下限年齢は,小学生のうちはデートをして手をつなぐくらいまで,中学生になったら恋人としての交際,キスや抱きあうという身体接触が許容され,性的な行動は高校生になったら経験しても良いと認識されていた。

一方,上限の基準年齢については,男女ともデートから恋人としてつきあうまでの行動は 25 歳まで,ペッティング,セックスについては 30 歳までに経験してないと良くないと評価されると認識されていた。また,結婚を除くと 31 歳以上という回答はほとんどみられず,20歳代までに異性交際を経験しておくべきという規範があるという認識されている。また,男性については,20 歳に回答が集中し,特にセックスについておよそ 3 分の 1 が 20 歳と回答しており,(中略)20歳がひとつの基準になっていることがうかがえる。

出典:若尾(2017) より。強調部は筆者による。

若尾(2014)の指摘

若尾(2014)によると,異性交際から疎外された若者に関する心理学研究は,

(a) 異性交際から疎外された若者の特徴を明らかにしようとする研究
(b) 異性交際から疎外された若者に対する認識に関する研究
(c) 異性交際から疎外された若者の精神的健康に関する研究
(d) 標準的な異性交際経験の規範意識に関する研究

出典:若尾(2014) より

の4つに大別できるという。

最後に,(c) の精神的健康に関する研究を少々扱いたい。

性交経験のない若者が「性交経験のない人」を対人能力・動機づけが低いとイメージするほど,自尊心が低く,抑うつが高いことを示している。つまり,「性交経験のない人」に対する偏見やステレオタイプを,性交経験のない若者自身が持ってしまうことで,悩みにつながることが示唆されている。

出典:若尾(2014) より。強調部は筆者による。

 

若尾(2004,2013)は,大学生を対象とした調査から,大学生の年齢において異性と恋人としてつきあった経験やセックスの経験がない人は,経験がある人に比べて,人格的にネガティブな評価がなされることを明らかにしている。大学生を対象とした研究においても,性交未経験の若者が,性交未経験者へのネガティブな評価を認識することで,自尊心が低下し,抑うつが上昇することが明らかになっている(若尾・天野,2012)。

出典:若尾(2017) より。強調部は筆者による。

参考文献

若尾良徳. (2010). 恋愛・性に関わる幻想. 松井豊(編) 対人関係と恋愛・友情の心理学, 朝倉書店, 86-89

若尾良徳, & 浜松学院大学. (2014). 恋愛に関する心理学研究の展望: 異性交際から疎外された若者へのライフコースからのアプローチ. 浜松学院大学研究論集, (10), 59-77.

若尾良徳. (2017). 大学生における異性交際の経験年齢に関する規範意識. 日本体育大学紀要= Bulletin of Nippon Sport Science University, 47(1), 35-44.

コメント

今回のブログでは,恋愛・性経験のない若者というテーマを「社会的規範」から扱った。先のブログで「安楽死」についてのテーマで書いた時にも「社会的な価値判断」の話を扱ったが,こうした目に見えない圧力は私たちの生活を支配し,時に不安を生んでいるという事実に目を向ける必要があるだろう。最後に紹介した,若尾・天野(2012)の知見を裏返すならば「性交未経験であることをネガティブに感じなければよい」という当然の帰着をすることも可能である。少子高齢化社会であるからこそ,こうした性交の話は社会問題としてもとらえられがちだが,本来社会問題であるのは,性交未経験であることよりも子供を生みたくても生めない環境にあることは自明であろう。性行動や恋愛は当然「自由」にするべきものであり,そこに社会的規範による圧力が入り込むこと自体がおかしいと私は考えている。少子高齢化という社会の状況に飲まれて「性交をしようとしないなんて問題である」というような言説が振りまかれないように注視していく必要がある。