A Critical Thinking Reed

学んだことのメモ。考えたことの記録。主に心理学。

差別論(4)心理学からみた差別③

目次

読んだ論文

新井雅, & 庄司一子. (2016). < 研究論文> 共生社会および共生教育の展開における 心理学研究の貢献可能性の検討. 共生教育学研究, 5, 35-71.

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共生とは

共生社会形成促進のための政策研究会(2005)では,共生社会について,
①各人が,しっかりとした自分を持ちながら,帰属意識を持ちうる社会
②各人が,異質で多様な他者を,互いに理解し,認め合い,受け入れる社会
③年齢,障害の有無,性別などの属性だけで排除や別扱いされない社会
④支え,支えられながら,すべての人が様々な形で参加・貢献する社会
⑤多様なつながりと,様々な接触機会が豊富にみられる社会
の5点から概念化している。

岡本(2011)は共生概念について,
・〈社会の中の多様性の尊重〉の上に〈社会の凝集性〉を実現しようとする概念であること
・「あるもの」と「異なるもの」の関係性を対象化し両者を隔てる社会的カテゴリ(社会現象を整序する枠組み)を更新する営みであること
・さらに完成状態としての概念ではなく社会的カテゴリの更新自体が生み出す新たな隔たりや葛藤の可能性をも視野に入れた継続的な営み(プロセス)
となり得るものであると指摘している。

ステレオタイプ・差別・偏見の定義

ステレオタイプ(stereotype)とは,客観的事実とは関係なく過度に一般化され,単純化された考えにより形成される認知とされており(Lippman,1922),たとえば,「障害者は苦労をしている」というような集団に対する固定的な信念や認知を指す(栗田・楠見,2014)。

偏見(prejudice)とは,過度のステレオタイプに基づいた態度で,実際の経験や根拠に基づかずに,ある人々に対して示す否定的な感情とされている(加賀美,2012)。たとえば,「○○人だからずるい」,「障害者は嫌だ,良くない」などのようなネガティブな評価や感情を指して用いられる(栗田・楠見,2014)。

差別(discrimination)とは,特定の集団に対する偏見に裏打ちされた敵意的行動である(中島・安藤・子安・坂野・繁桝・立花・箱田,1999)。当該集団に悪口を言ったり,「障害者を無視する,暴力を振るう」のようなネガティブな行動を指して用いられる(栗田・楠見,2014)。

心理学研究の概観

1.人格心理学的研究

・欲求不満攻撃仮説(Dollard, Doob, Miller, Mowrer, & Sears, 1939)

権威主義的パーソナリティ(Adorno, Frenkel-Brunswik, Levinson, & Sanford, 1950)

・偏見・差別等と関連する社会的な紛争問題においても,紛争解決を妨害する性格特性として,敵意性攻撃性他罰傾向があげられ,反対に紛争解決につながる性格特性として,共感性寛容性協調性などの重要性が指摘されている(Reykowski & Cislak, 2011)。

2.社会動機に関する研究

・社会的支配理論(Pratto, Sidanius, & Levin, 2006)
権威主義的パーソナリティの高い者と社会的支配志向性の高い者とでは,移民に対する態度が異なることを示した研究もあり,前者は受入国の文化に従わず同化しようとしない移民に反感を抱く一方,後者は受入国の文化を進んで受け入れ同化しようとする移民に反感を抱くと指摘されている(Thomsen, Green, & Sidanius, 2008)。
・社会的支配志向性の高い者は,他国からの流入者が自国民と同質化し同等の地位を得ることに強い懸念を持っている可能性がある(池上, 2014b)。

・システム正当化理論(Jost & Hunyady, 2002 ; Jost, Liviatan, van der Toorn, Ledgerwood, Mandisodza, & Nosek, 2010)
・特徴的なのは,その社会システムの中で不利な立場に置かれている者も,同じように動機づけられている点
・自己や所属集団の価値や利益を犠牲にしてでも,人々は社会の正当性を信じようとする傾向にある。階層の下位にいる人たちは現行の社会体制に対して不満や怒りの感情を抱くが,現状を打開するために行動を起こすことは少なく,現状に順応することで自らを納得させたり(自己欺瞞),怒りや不満を鎮静化させて精神の安定につなげている(池上,2014b)。

・システム変革動機(Johnson & Fujita, 2012)
・システム変革動機が強く喚起されるためには,「社会システムの変容可能性を知覚できるかどうか」が特に重要

3.認知心理学的研究

・仮説確証型の情報処理メカニズム
・人間には,ある考えをもつとそれと一致する事象が生じると予期し,その予期に従って新しい情報を探索,解釈,記憶する認知傾向があるため,ステレオタイプは容易に変容しない(上瀬, 2002)

・リバウンド効果(Macrae, Bodenhausen, Milne, & Jetten, 1994)

・分離モデル(Devine, 1989)

4.集団心理学的研究

・社会的アイデンティティ理論(Tajfel, Billig, Bundy, & Flament, 1971;Tajfel & Turner, 1986)

5.低減に向けた研究

・対象となる個人・集団との接触を重視した方法(Allport, 1954;浅井,2012)
・内集団と外集団の区分自体を変容させることで集団間バイアスを低減できるという観点から,様々なカテゴリー化を促す
・拡張接触や仮想接触と呼ばれるアプローチ(Crisp & Turner, 2009;Wright, Aron, McLaughlin-Volpe, & Ropp, 1997)

6.葛藤・紛争に関する研究

社会的葛藤

・個人間,集団間,国家間で生じる様々な葛藤・対立
・その背景にネガティブなステレオタイプ,偏見,差別が影響している場合も少なくない

パーソナリティ

・人間・集団間の安定した関係の構築においては,共感性や寛容性,協調性などといったパーソナリティの重要性が各種の研究から指摘されている

認知

・対立・葛藤場面に直面している当事者はしばしば事態を正確に認識できず,相手の事情や願望を歪んで捉え,解決法を見出したり妥協点を探ることが難しいことが多い(大渕,2015)。

・紛争状態における認知的理解が短絡的で単純な見方に留まるほど,他者への攻撃的行動が選択されやすく,さらに,これらの認知は恐怖や怒りなどの不快感情の影響を受けて悪化し,建設的な情報処理が阻害されてしまう場合もある(Reykowski & Cislak, 2011)。

建設的葛藤解決における「対話」

①相手の立場や要求内容の情報を得る
②交渉の中で提案される事項に対する相手の反応を知り合意の範囲を推測する
③統合的な合意を目指して互いに協力して解決策を練り上げる

解決に向けて

偏見・差別に関連する様々な葛藤・対立の解消には,建設的葛藤解決につなげるコミュニケーション・スキル,建設的葛藤解決を妨害する感情を鎮める感情調節スキル,相手の立場(視点)に立って物事をとらえながら自己利益と他者利益のバランスを取る視点取得,人の感情を自分自身のことのように体験できる共感性,葛藤対象となる相手のことを赦そうという姿勢を示す寛容性などが重要となる(大渕, 2015)。

アイデンティティ紛争とその予防

・社会的紛争とは,対立関係にある者同士の社会的アイデンティティが脅威にさらされていることをも意味することから,「アイデンティティ紛争」とも呼ばれる(Brewer, 2011)。

・二重アイデンティティ(e.g., Dovidio, Gaertner, & Saguy, 2009)の考え方に基づき,個々人が社会的アイデンティティの拠り所として重視する各集団間の存在や差異を肯定的に認めつつ,両集団を包含する上位アイデンティティを形成する

・多元交差社会的アイデンティティ(e.g., Hall & Crisp, 2005;Roccas & Brewer, 2002;)に基づく方法
→自らの社会的アイデンティティの拠り所となる特定の所属集団を大切にしつつも,その区分のみにこだわり過ぎず,様々な社会的カテゴリーの交差構造の中で人々の関係性が成り立っていることを認識することで,葛藤や紛争の元となっている固定的な内集団-外集団関係の変容を促す。