A Critical Thinking Reed

学んだことのメモ。考えたことの記録。主に心理学。

優生思想の歴史(日本)

戦後を中心とした日本における優生思想の変遷を吉岡(2018)をもとに追っていく。

 

1.戦中の優生政策

1940年「国民優生法」が制定された。この法律は、法案作成の過程でドイツの「遺伝病子孫予防法」の影響を強く受け、純然たる優生断種法になるはずだったが、「産めよ殖やせよ」の政策を支える事実上の「中絶禁止法」としての側面が強調されたものとなった。

 

2.優生保護法(1948年施行)

この法律の第1条には、「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母体の生命健康を保護することを目的とする」とある。これは、「優生上の見地」からの不妊手術や中絶を合法化した法律、つまり「断種法」である。

 

3.優生保護法改正による「優生」の規定の強化

1951年の改正では、「精神病」と「精神薄弱」が中絶の対象に加えられた。1952年の改正では、「配偶者が精神病若しくは精神薄弱を有しているもの」、また「遺伝性のもの以外の精神病または精神薄弱に罹っている者」が不妊手術の対象として追加された。  

 

4.人工資質向上対策に関する決議(厚生省 1962年7月)

当時の政府の考え方を示す決議で以下のように示された。経済成長政策の前提として技術革新に即応できる心身ともに「優秀な人間」が必要であり、「人口構成において、欠陥者の比率を減らし、優秀者の比率を増すように配慮することは、国民の総合的能力向上のための基本的要請である。

 

5.不幸な子どもの生まれない施策(兵庫県 1966年~)

種々の障害児・病児を「不幸なこども」と定義し、「こうした不幸を背負った子どもを、一人でも新たに作らない。」をスローガンに、県立こども病院や施設で病児や障害児の治療、療育を行う一方、1972年には羊水検査の費用を県費で負担する制度を全国に先駆けて発足させた。脳性マヒの障害者団体「青い芝の会」の羊水検査反対運動などで、1974年検査は中止された。

 

6.1970年代の高校教科書の記述(『保健体育 改訂版』一橋出版、1971年)

1970年代初頭の教科書には優生思想に関連して以下のような記述がみられる。

「国民の遺伝的素質を改善し向上させること、すなわち、次の世代の国民に、肉体的にも精神的にもよりすぐれた民族的素質を伝えてゆくことが国民優生である。わが国では1948年に優生保護法が制定され、とくに悪質な遺伝性疾患が伝えられることを防止するため、精神分裂病・そううつ病・全色盲血友病・遺伝性奇形などの遺伝病を有する場合には優生手術や人工妊娠中絶が実施できることになった。……(中略)……国民の素質を向上させるという優生結婚の立場から、結婚するにあたって、みずからの家系の遺伝病患者の有無を確かめるとともに、相手の家系についてもよく確認することが重要である。家系の調査範囲は、両親・兄弟姉妹はもとより、祖父母やいとこまでおよぶことが望ましい。」

 

7.母親による重度障害児殺害事件(横浜 1970年5月)

神奈川県心身障害者父母の会連盟代表が横浜市長に「生存権を社会から否定されている障害児を殺すのは、やむを得ざる成り行き」と減刑嘆願書を提出した。一方、「青い芝の会」は「障害者は殺されて当然なのか!」と減刑嘆願運動への反対運動を起こした。

 

8.優生保護法改正案と反対運動(1972~74年)

改正のポイントの一つは、胎児の障害を中絶の理由としてみとめる規定、いわゆる胎児条項を新たに設けることであった。(胎児条項=「その胎児が重度の精神的又は身体の障害の原因となる疾病又は欠陥を有しているおそれが著しいと認められるもの」)一方、胎児条項が障害者抹殺の動きであるとして「青い芝の会」を中心として優生保護法改正反対運動が展開された。74年、改正案は廃案となった。

 

9.優生条項削除の兆し

国連によって、1981年が「国際障害者年」、1983年から92年が「国連障害者の十年」と定められ、国際的な人権意識が高まっていった。そうしたなか、1987年10月、厚生省が、優生手術条項全廃を含む抜本的見直し作業に着手した。1988年の厚生行政科学研究報告書「優生保護法における優生手術の適応事由に関する研究」では、「公益上の必要」を理由とする強制的な不妊手術の規定は人権侵害にあたるとされた。

 

10.優生保護法から母体保護法

1996年、母体保護法が可決・成立し、法律の名前の「優生」の二文字が削られ「母体保護法」に改められた。法律の目的を定めた第一条の「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」という文言が削除され、不妊手術を強制できる規定が廃止された。

 

【引用・参考文献】

吉岡恒生. (2018). 優生思想に関わる特別支援学校教員の意識―講義後の質問紙調査を用いて―. 愛知教育大学研究報告. 教育科学編, 67(1), 103-111.