A Critical Thinking Reed

学んだことのメモ。考えたことの記録。主に心理学。

差別論(2)心理学からみた差別①

今回読んだ論文

池上 知子(2014)差別・偏見研究の変遷と新たな展開.教育心理学年報,53,133-146.

(*内容の要約を目的としているため,一部の文章は改変して引用している。又,太字や下線などの処理はすべて本稿の筆者による。)

これまでのブログ

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差別・偏見・ステレオタイプの定義

・「差別」とは,当該領域においては,集団間関係の文脈の中で使用される概念であり,特定の集団やその構成員に対して公平さを欠く不当な扱いをすること

・その中には直接的に相手に危害を加える行為や自分の所属する集団や他の別の集団を有利にするため相手に不利益が及ぶようにする間接的な行為が含まれる

・差別的行為を行う者は対象となる集団やその構成員に偏見を持っているとされる

 

・「偏見」とは,対象に対する否定的態度を指し,対象集団に関する否定的内容の信念や感情,行為意図を含んでいる。

・多くの研究者は,Allportの定義を踏まえ,誤った知識や過度の一般化によってもたらされる悪感情を偏見としてとらえてきた

 

ステレオタイプはこの偏見の認知基盤をなすものであり,歴史的には,特定の社会集団に対して抱かれる集約的イメージを指す

・当該集団にみられる典型的な特性や社会的役割についての信念の集合とみなし,他者に関する情報処理を一定の方向へ導く認知的スキーマの一種

これまでの差別・偏見研究で指摘されてきたこと

人格理論によるアプローチ

欲求不満と攻撃による理論(Dollard, Doob, Miller, Mower, & Sears, 1939)
人間は目標の達成を阻害され欲求不満に陥ると攻撃衝動が高まり,その衝動を充足させるための対象として攻撃を向けても安全な他集団や少数者集団が標的として選択される

・偏見や差別を,防衛機制の一つである「置き換え」として捉える

・経済不況など社会への不満が社会的弱者への攻撃を引き起こす(Green, Glaser, & Rich, 1998)

・偏見や差別をある種の人格障害と結びつけて理解する→権威主義的パーソナリティ(Adorno Frankel-Brunswik, Levinson, & Sanford, 1950)
力への追従と弱者に対する加虐性を中核的特徴としている。懲罰的で専制的な養育環境の下で形成されやすく,脆弱な自我を脅威から守るための心理機制の所産としてみなされた

・偏見や差別は,すべての人々に程度の差こそあれ潜在している

集団心理からのアプローチ

集団葛藤理論(Sheriff, 1967)
偏見や差別は,集団間に現実的な利害の対立があるところに生ずる
内集団(自分の所属する集団)の達成目標が,外集団(他の集団)によって疎外されるような状況,利益が脅かされるような状況でみられる反応

社会的アイデンティティ理論(Tajfel & Turner, 1986)
人は物質的な利益のために争うだけでなく,名誉や誇りといった精神的利益のために競い合い,それが集団間差別をもたらすことを示した

・人はごく形式的であっても何らかの集団カテゴリーに割り振られると,個人にとってその集団が自己を環境内に位置づける重要な認知基盤となり,その集団への所属性が自己概念を構成する一つの要素となる。これを社会的アイデンティティと呼んでいる。

・偏見や差別の背景には「自己高揚動機」がある
人は,元来,自己を望ましいものとみなしたいと動機づけられているため,他の集団との比較による相対的優位性を保つことによって所属集団の価値を高く評価し,それを自己の価値に反映させようとする

・個人と集団のポジティブな関係は,内集団への忠誠と献身を生み出す原動力となる一方で,他集団への差別的態度を引き起こす原因にもなる

・(所属集団と個人のネガティブな関係である)集団脱同一視傾向を示すと,所属集団より下位の集団の評価を下げる傾向がある

・内集団ひいきは,互恵的規範に基づいた「集団協力ヒューリスティック」(内集団のメンバーに対してはほぼ自動的に協力する)によるものとの主張

・偏見や差別は集団生活を送る人間にとって不可避的に起きる適応的現象

認知的アプローチ

・人間は外界から複雑な情報を絶え間なく大量に受け取っているが,処理容量には限界があるため,それらを単純化し分類することによって対応

・他者を範疇化する行為は,同じ範疇に入る人たちを類同視し相互に互換可能なものとしてみるようになり,異なる範疇に入る人たちとの違いをことさら強調して知覚する(Tajfel, 1969)

同化と対比は,対象に対する過度の単純化と一般化を引き起こし,偏見・差別の認知的基礎となる集団ステレオタイプの形成につながる

現代的差別

・人々は,人種間の生物学的優劣に基づいて偏見や差別を公然と表明する古典的人種差別主義はもはや社会的に容認されないことを理解し,意識レベルでは平等主義であろうとしているが,無意識のレベルでは,差別感情や差別意識を密かに抱いている

嫌悪的人種差別主義(Gaertner & Dovidio, 1986)
表面上は,平等主義的信念を表明しながら,内心では対象に対して否定的感情を抱いている

現代的人種差別主義(McConahay, 1986)
人種間の平等を保障する必要性は十分認識しているが,現に存在する人種間の格差や不平等を偏見,差別の結果とみるのではなく,本人の努力の欠如に原因を求め,加えて,社会的弱者が過剰に自分たちの権利を要求し,不当に優遇されているという主張を行う傾向
→自身の差別や偏見に由来する主張であるという自覚がない

無意識レベルに着目して

二過程理論:人間の行う情報処理には,意識的注意を向けながら遂行される統制的処理と意識的注意を伴わずに遂行される自動的処理の二種類があり,状況に応じていずれかが起動すると考える認知心理学の分野で提起されたモデル

分離モデル(Devine, 1989)
偏見・差別の表出過程を二過程理論の枠組みを用いて記述。ステレオタイプや偏見に基づく態度や行動の表出は2種類の経路をたどると考える。
(1) 対象のカテゴリカルな属性と結びついているステレオタイプが自動的に活性化し,それに基づき対象に対する態度や行動がストレートに表出
(2) ステレオタイプに依存した反応を意識的に統制しながら,社会的に容認される形の態度,行動として表出

・伝統的なジェンダーステレオタイプは,自尊心が脅威に晒されたり,存在論的恐怖が顕現化すると活性化しやすい(石井・沼崎,2011)

社会動機的アプローチ

社会的支配志向性(Sidanius & Pratto, 1999)
人間には集団間の優劣や序列を肯定しようとする根強い心性があり,この心性は進化的起源がある
「階層神話」と称される言説(ex. 貧困は自己責任である)と志向性が結びつくと,さまざまな社会政策に対する賛否が規定され,階級差別的社会構造の温存につながる
差別の真の源泉は人々が抱く「差別ー被差別関係」への願望

システム正当化理論(Jost, Liviatan, Van der Toom, Ledgerwood, Mandisodza, & Nosek, 2010)
人間は基本的に現状を維持するように動機づけられており,現行の社会体制を,それらが現にそこに存在するという理由から公正で正当なものとみなす傾向にある

相補的ステレオタイプ(Kay, Jost, Mandisodza, Sherman, Pertrocelli, & Johnson, 2007)
あらゆる対象には長所と短所があり,ある次元で優れていると,別の次元では劣るものであるという信念
→平等達成の錯覚を引き起こし,不利な立場にある者への救済意図を減じるように機能

偏見の正当化ー抑制モデル(Crandall & Eshleman, 2003)

・偏見の対象とされる集団やその構成員について個人が表明する態度は,その個人の真の態度がそのまま表明されているわけではなく,さまざまな要因によって,抑制もしくは正当化される過程を経て表明される

・特定の対象に対する嫌悪や恐怖,不安などの否定的感情としての偏見は,きわめて頑強であるだけでなく,人々は,そのような偏見を表出したいと強く動機づけられている

・公教育等を通じて平等主義や人道主義の観点からそのような偏見を公共の場で表明することが社会的に容認されないことを学習し,リベラルで博愛的な自己イメージを維持するために,偏見の表出が抑制される

・抑制しようとすればするほど,逆に表出への衝動が強まり,偏見の正当化を可能にする要因を求めるようになる

・正当化の要因となりうるのが,たとえば,システム正当化理論(Jost et al.,2010)における「ものごとは,現にそこにあるということで正当化されうる」とか,公正的世界論(Lerner, 1980)における「人々は皆,それぞれの価値に見合う結果が得られるようになっている」といった自然論的誤謬に基づくイデオロギーであり,社会的序列や階級構造を自然選択と適者生存の必然的帰結とみる社会生物学的進化論である。また,自己責任論(貧困は本人の意志の弱さや努力の欠如による」 )や後天的学習説( 同性愛は家庭環境に原因がある」 )に基づく各種言説も含まれる

・正当化要因を見出すことによって,憚ることなく偏見を表明することができ,抑えていた感情を解き放つ快感を得ている

 

 

参考文献

好井 裕明. (2013). 分野別研究動向 (差別). 社会学評論, 64(4), 711-726.